ことぢや。
お菊 さうかも知れぬ。(腹立たしげに云ひしが又思ひ直して。)いや、それは嘘であらう。嘘ぢや、嘘ぢや。うそに違ひない。
お仙 でも、殿様ももうお年頃ぢや。奥様をお貰ひなさるに不思議はあるまい。
お菊 奥様……。(又腹立たしげに。)内の殿様は奥様などお貰ひなさる筈がないのぢや。
お仙 はて、そんなに怖い顔をして、なぜわたしを睨むのぢや。お前はこのごろ様子が変つて、ぢつと考へてゐるかと思へば、急にじれたり怒つたり、なにか気合でも悪いのかえ。
[#ここから2字下げ]
(お菊はだまつて俯向《うつむ》いてゐる。琴唄のやうな独吟になる。)
唄※[#歌記号、1−3−28]世の中の花はみじかき命にて、春は胡蝶の夢うつつ、なにが恋やら情《なさけ》やら。
(お仙は五枚の皿を片附けて箱に入れる。お菊はやはり考へてゐる。)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
お仙 おとなりのお屋敷では又いつものお琴のお浚《さら》ひが始まつたやうな。(箱をかゝへて起つ。)さあ、おまへも早うお勝手へ……。わたしは一足さきへ行きますぞえ。
[#ここから2字下げ]
(お仙は庭に降りて下の
前へ
次へ
全32ページ中14ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング