かけた。御用かえ」
「いいえ」
 なにを訊いてもぬらりくらりとしているので、半七は入口に腰をおろした。
「おめえ達も知っているだろうが、先月の二十三日に牢抜けをした奴がある。その事について少し話してえのだが、親分が留守じゃあ仕様がねえ。いつごろ帰るか判らねえかね」
「へえ。実は町内の人に誘われまして……」と、石松はもじもじしながら云った。「講中《こうちゅう》と一緒に身延《みのぶ》へ御参詣にまいりました」
「成程ここは法華《ほっけ》だね。身延まいりは御信心だ。そうして、いつ立ったのだね」
「きのうの朝、立ちました」
「それじゃあすぐには帰るめえ」
「帰りは富士川下りだと云っていました」
「ことしの正月に、石町の金蔵を捕りに行ったのは、誰だね」と、半七は訊いた。
「あのときに親分と一緒に行ったのは、駒吉とわたくしです」と、石松は答えた。
「金蔵というのはどんな奴だ」
「三十二、三で色のあさ黒い、痩せぎすな奴です。屋根の上の商売をしていただけに、身の軽い奴だそうで、番屋に連れて行かれた時にも、おれは酔っていたから手めえ達につかまったのだ。屋根の上へ一度飛びあがりゃあ、それからそれへと屋根づた
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