を切ったのだから、やっぱりお仲間の豹だろうという、いや、どうも悪い洒落《しゃれ》です。
 もう一つ、豹と云い出したわけは、二年ほど前に西両国で豹の観世物を興行した事がありました。珍らしいので、一旦は流行りましたが、そう長くは続かないので、後には両国を引き払って、諸方の宮地や寺内で興行したり、近在の秋祭りなぞへ持ち廻ったりしていました。その豹が逃げたと云うので、いろいろの噂が立っている。王子辺では子供が三人|啖《く》い殺されたなぞと云う。もちろん取り留めもない事なのですが、そんな噂のある矢さきへ今度の髪切り騒ぎが出来《しゅったい》したので、歩兵の豹から思いついて、恐らくその豹の仕業だろうと云うことになったのです。今から考えれば、ばかばかしいことですが、その当時にはまことしやかに吹聴《ふいちょう》する者がある、又それを信用する者がある。まったく面白い世の中でした」

     二

 読者を焦《じ》らすようであるが、ここで私もすこし困った。と云うのは、半七老人も余り多くの酒を飲まないで、女中がもう飯を運んで来た。二人はだまって飯を食ってしまった。そうなると、ここに長居も出来ない。おまけに老
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