が、帰る時になって勘定を貸してくれと云う。そのときに座敷を受け持っていたのは女中のお房で、何分にも相手は歩兵であり、春早々から乱暴などを働かれても困る。殊にいずれも馴染の顔であるから、お房も無下《むげ》にことわり兼ねた。その勘定をあしかけ三月《みつき》の今になっても払ってくれないと云うのである。
「おめえの一存で貸したのかえ」と、半七は訊《き》いた。
「帳場へ行っておかみさんに話すと、おまえ大丈夫かえと云うんです。ええ大丈夫でしょうと、あたしが云ったので、おかみさんも承知して貸すことになったんです。それが今まで埓《らち》が明かないので、おかみさんはあたしを叱って、おまえが請け合ったんだから、催促して取って来いと云う。そこで、このあいだから催促に来るんですけれど、今は調練の最中だから面会は出来ないの、きょうはドンタクで外出したのと云って、いつでも逢わせてくれないんです」
「そりゃあ困るな」
歩兵の連中は門番にたのんで、藤屋の女が来たならば追い返してくれと云ってあるに相違ない。お房が幾たび足を運んでも、おそらく埓は明くまいと思った。
「第二小隊の人達は割合いにおとなしいようですけれど、や
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