全部の面目にも関し、さらに公儀の御威光にもかかわる事であると、根井は云った。さなきだに余り評判のよくない歩兵隊であるから、こんな事が出来《しゅったい》すると世間では尾鰭《おひれ》をつけていろいろの悪い噂を立てる。小隊長の根井も心配して、なんとか早くその正体を見あらわしたいと焦《あせ》っているのも無理はなかった。
「まったく困ったことでございます」と、半七も云った。「わたくし共の手に負えることだかどうだか判りませんが、まあ精々働いて見ましょう」
「では、長屋の内部をひと通り見てくれ」
 根井は半七を案内して、第二小隊の長屋へ連れて行くと、今は調練の時刻であるので、小隊全部は練兵所へ出ていて、広い長屋に人の影は見えなかった。長屋には台所が付いていて、台所の外には新らしく掘られたらしい井戸があった。大きい炊事場は別の所にあって、歩兵が当番で炊事を受け持ち、それを各隊の長屋へ分配するので、ここの小さい台所はめいめいが水を飲んだり、顔を洗ったりする場所に過ぎないと、根井は説明した。
 長屋の内は一棟を二つに仕切って、ふち無しの琉球畳を敷きつめ、板戸の戸棚にはめいめいの荷物が入れてあるらしかった。
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