七はすぐに子分の庄太を連れて青山へ出張った。云うまでもなく、この事件は六道の辻の若党殺しと、金右衛門親子の一件とが、殆ど同時におこったのである。勿論それが同じ者の仕業《しわざ》か、あるいは別人か、まったく見当が付かないのであった。
二人は赤坂の方から行きむかったので、まず道順として青山下野守屋敷の辻番所に就いて、金右衛門一件の顛末を訊きただした。それから六道の辻にさしかかって、かの荒物屋の前に立った。ここの店さきで、真偽不明の怪しい仇討が行なわれたのである。
「おかみさん。きのうは飛んだ騒ぎだったね。さぞ驚いたろう」と、半七は云った。
「おどろきましたよ」と、店にいた三十前後の女房が答えた。「お侍さんが柿を買っていなさる処へ、又ひとりのお侍が来て、いきなりに斬ってしまったのです。かたき討だということでしたが、それが嘘だともいう噂で、どっちが本当ですかねえ」
「斬る方は何と声をかけたね」
「おのれ盗賊、見付けたぞと、大きい声で云いました」
「斬られた方はどんな返事をしたね」
「それがはっきり聞こえなかったのです。なんでも野口とか舌口とか云ったようでしたが……」
「野口とか舌口とか……」と、半七は口のうちで繰り返した。「それで、逃げるところを斬られたのだね」
「そうですよ」
斬った侍は、三十四五の浪人らしい男で、斬られた男も同じ年配の屋敷者らしい風俗であったと、女房は話した。半七は更にその人相や身なりを詳《くわ》しく訊きただして、ここを出た。それから水野和泉守屋敷の辻番所へ行って、やはりこの一件について前後の模様を聞き合わせたが、かたき討と称する浪人者は屋敷の大竹藪をくぐって逃げたに相違ないと云うのである。半七も恐らくそうであろうと鑑定した。
それから千駄ヶ谷の谷町へ引っ返して、米屋の下総屋をたずねると、手負いの金右衛門は奥の間に寝かされていた。為吉とお種の兄妹《きょうだい》も暗い顔をして控えていた。下総屋は五年ほど前からここに開業したもので、土地では新店の方であるが、商売の仕方が手堅いというので、近所の評判は悪くなかった。主人の茂兵衛は金右衛門と同年配の三十九で、おととしの暮れに女房に死に別れ、その後はまだ独り身である。店には米|搗《つ》きの安兵衛、藤助のほかに、銀八、熊吉という若い者二人と、利太郎という小僧ひとりを使っている。台所働きの女中はお捨と云って、金右
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