云う間に、金右衛門も一太刀斬られて倒れた。おさんもお種も思わず悲鳴をあげた。なにを云うにも真っ暗であるから見当が付かない。大通りへ出る方が近いと思ったので、土地の勝手を知っている小僧は真っ直ぐに逃げた。ほかの者も夢中で続いて逃げた。
相手は追って来ないらしいので、大通りまで逃げ伸びて先ずほっ[#「ほっ」に傍点]としたが、無事に逃げおおせたのは下総屋の小僧と、為吉とお種の三人で、金右衛門とおさんが見えない。金右衛門は斬り倒されたらしいが、娘はどうしたか分からないので、三人は心配した。小僧はすぐに青山|下野守《しもつけのかみ》屋敷の辻番所へ訴えると、辻番の者もふだんから小僧の顔を識っているので、現場まで一緒に来てくれた。その提灯によって照らして見ると、金右衛門は右の肩を斬られて、朱《あけ》に染《し》みて倒れていたが、おさんの姿はそこらに見いだされなかった。
曲者は藪から出て来たらしいと云うのであるが、その竹藪は間口《まぐち》四、五間の浅いもので、うしろは畑地になっているのであるから、曲者は再び藪をくぐって畑を越えて逃げ去ったものであろう。金右衛門はまだ息が通っていたが、その懐中《ふところ》の財布は紛失していた。大事の路用は胴巻に入れて肌に着けていたので、これは無難であった。財布には小出しの銭を入れて置いたに過ぎないので、その損害は知れたものであったが、娘ひとりの紛失が大問題である。未来の女房をうしなった為吉は蒼くなって騒いだが、どこを探すという的《あて》もなかった。取りあえず金右衛門を辻番所へ担ぎ込んで、近所の医者を呼んで手当てを加えると、傷は案外の浅手で一命にかかわるような事はあるまいと云うので、これはまず少しく安心した。
小僧は更に主人方へ注進したので、下総屋からは主人の茂兵衛と若い者二人が駈け付けて来て、手負いの金右衛門をひき取って帰ったが、おさんのゆくえは遂に知れなかった。おさんはことし十六で、色の小白い、いわゆる渋皮の剥《む》けた娘であるから、昼間から付け狙っていて拐引《かどわか》したのであろうという説が多数を占めたが、しょせんは一種の想像にとどまって、その真相はわからなかった。
「半七。青山辺が又なんだか騒々しいそうだ。この前の唐人飴の係り合いもある。おまえが行って、なんとか埓を明けてくれ」と、八丁堀同心の坂部治助が云った。
「かしこまりました」
半
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