客と主人は向かい合った。
「江戸じゃあ悪い麻疹がはやるそうですが、どなたもお変りが無くって結構です」と、三五郎は云った。
「まったく悪いものがはやるので、世間が不景気でいけねえ。横浜はどうだ」
「横浜でもちっとははやるそうですが、まあ大した事もないようですよ」
「そこで、今度は何しに出て来た。盆が来るので、お墓まいりか」と、半七は訊いた。
「そうでございます、と云いてえのですが、どうも札付きの親不孝で……」と、三五郎はあたまを掻きながら又笑った。「実は親分に無理を願いに出たのですが、どうでしょう、横浜まで伸《の》して下さいますめえか」
「横浜に何かあったのか」
「わっしらだけじゃ纒まりそうもねえ事が出来《しゅったい》したので……」
 彼は弥平の子分であるから、本来ならば高輪の親分のところへ荷を卸しそうなものであるが、江戸にいたときに半七の世話になった事もあり、現に去年の三月、半七が『異人の首』の捕物で横浜へ出張った時に、その手伝いをした関係もあるので、彼は高輪を通りぬけて神田までたずねて来たらしい。半七は団扇《うちわ》を使いながら訊いた。
「事によっちゃあ踏み出してもいいが、一体どんな
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