は呼びとめて小さい太鼓を一つ買ったんです。唯それだけなら不思議もないんですが、時が時だけに、その太鼓がなんだか気になるので、尾《つ》けるとも無しに其のあとに付いて行くと、女もおなじ方角にむかって聖天下の裏長屋へはいる。はてなと思って見ていると、それがまた次郎吉の家へはいる。いよいよおかしいと、露路の外から窺っていると、次郎吉は留守で、女はそのまま引っ返して行く。近所の者に訊《き》くと、あれが時々に次郎吉をたずねて来る女だということが判りました。
 今まではお福だとばかり思っていたんですが、それが別の女だと知れて、わたくしも少し案外に思ったんです。そこで、見え隠れに又その後を尾けて行くと、女は今戸橋を渡って、八幡さまの先を曲がって、称福寺という寺の近所の小じんまりした二階家へはいる。隣りの家で訊いてみると、元はよし原に勤めていたお京という女で、年明《ねんあ》きの後に槌屋という質屋の隠居の世話になって、囲い者のように暮らしているんです。それからはいって行って調べました。
 お京が奥から出て来ると、わたくしはその顔を見るや否や、いきなりに『菊園の玉太郎を連れに来たから、すぐに出せ』と云うと、
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