方にはなんにも心あたりはありませんかね」
「御心配をかけまして相済みません。けさもお店からお使がございましたので、親父も伜もびっくり致しまして、取りあえず手分けをして探しに出ましたが、まだ帰って参りません」
 言葉少なに挨拶しながらも、困惑の色が女房の顔にありありと浮かんでいた。何事も承知の上でシラを切っているのか、まったく何事も知らないのか、半七にも容易にその判断が付かなかった。
「どうも困ったな」と、半七はわざとらしく溜め息をついた。
「ほんとうに困ったことでございます」と、女房も溜め息をついた。「娘は気の小さな正直者でございますから、玉ちゃんが見えなくなったのを苦に病んで、皆さんに申し訳がないと思って、どこへか姿を隠したのか、それとも淵川《ふちがわ》へでも身を投げたのかと、親父も心配して居ります」
「じゃあ、仕方がない。また出直して来ましょう」
「御苦労さまでございます」
「河豚がたいそう干してありますね」と、半七は店を出ながら云った。
「はい。太鼓の皮に張りますので……」
「ここの息子も太鼓を売りに出るのかえ」
「はい。店の方が思わしくございませんので、まあ小遣い取りに出て居り
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