ます」
「菊園の子供は河豚の太鼓を売る奴にさらわれたという噂だが……」
「まあ、本当でございますか」と、女房は眼をみはった。
「ここの息子が連れて行ったのじゃあねえかえ」と、半七は冗談らしく云った。
「飛んでもない……。うちの佐吉がどうしてそんな事を……。佐吉が万一そんな事をしましたら、親父が承知しません。わたくしも承知しません。あいつの首へ縄をつけて、菊園のお店へ引き摺って行きます。おまえさんは一体どこの人からそんな噂を聞いたのです」
 激しい権幕《けんまく》で食ってかかられて、半七も少し困った。
「いや、噂も何もない。冗談だ、冗談だ。本気になって怒っちゃあいけねえ」
 笑いにまぎらせて、半七はそこを出ると、弥助もつづいて出た。
「あの嬶《かかあ》、むやみに怒りましたね」
「むむ。あの嬶、まったく正直で怒るのかどうだか。そこがまだ判らねえ」と、半七はかんがえながら云った。
「これからどうします」
「浅草へ行こう」
 二人は寒い風のなかを又あるき出した。根岸から坂本の通りへ出ると、急ぎ足の庄太に出逢った。庄太は神田の家《うち》へゆくと、半七はもう根岸へ出向いたというので、更にそのあとを
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