。昼間《ひるま》一、二度帰って来たことがあるが、夜は毎晩どこをか泊まりあるいているとの事であった。半七は肚《はら》のなかで笑いながら聴いていた。
「そこで、年造の幽霊はまだ出るかえ」
「あたしは一度見たきりですが……」と、女房は声をひそめて云った。「その後にも出ると云う人もあり、出ないと云う人もあり、どっちが本当だか知りませんが、笊屋のおかみさんもあんな事になって、なんだか気味が悪くって堪まらないので、あたし達は日が暮れると滅多《めった》に表へ出ないようにしています」
「年造の寺はどこだね」
「改代町《かいだいまち》の万養寺です」
「年造の菩提所かえ」
「いいえ。年さんのお寺は無いとかいうことで、大さんが自分の知っているお寺へ納めて貰ったのです」
「いや、ありがとう。わたし達が訊きに来たことは、誰にも内証にして置いてくんねえ」
 表へ出てみると、関口屋は女房の初七日《しょなのか》も過ぎたのであるが、コロリ患者を続いて出したので、近所へ遠慮の意味もあるのか、大戸を半分おろして商売を休んでいるらしかった。半七は気の毒に思った。
 改代町は牛込であるが、ここから遠くない。二人は江戸川の石切橋
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