であるから、医者もすぐには来なかった。お由は医者の来る前に死んでしまった。その死因は医者にもはっきり判らないのであるが、お由が「蛇……」と云ったのから想像して、恐らく蝮《まむし》か何かの毒蛇に咬まれたのであろうと云った。その当時はここらは森や岡も多く、武家屋敷の空地や草原も多いのであるから、蝮や蛇もめずらしくない。明けてある雨戸のあいだから這い込んで来て、運の悪いお由がその生贄《いけにえ》になったのであろう。なにしろ其の正体を見とどけなければ安心が出来ないので、若い者も小僧も総掛かりで毒蛇のゆくえを詮策したが、家内《かない》は勿論、庭にもそれらしい姿は見いだされなかった。
こうして奉公人らが立ち騒いでいるあいだに、主人側は比較的冷静であった。主人の次兵衛も女房のお琴も殆ど無言であった。娘のお袖は奥に隠れたままで顔も出さなかった。毒蛇狩りが一旦片付いた後、次兵衛は医者を奥へ呼び入れて、女房と一緒にかむろ蛇の一条を話した。それが店の者にも洩れて、自然にうわさの種を播《ま》くことになったのである。
これによって考えると、主人らの冷静は不人情というのでなく、余儀なき運命と諦めている為であっ
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