財なども売り払って百両ほどの金をこしらえ、いよいよ二十八日には江戸を立つという間際《まぎわ》になって、奥様のお千恵さんはお名残《なご》りに湯島の天神さまへ御参詣して来ると云って、二十五日のひる過ぎに屋敷を出て、途中で女中を撒《ま》いてしまって、ゆくえ知れずになりました。奥様も奥様だが、殿様も殿様で、これも江戸のお名残りだというので吉原へ昼遊びに行っている。その留守中に奥様は家出というのですから、屋敷は乱脈でお話になりません。お千恵さんというのは十六の秋にこの屋敷へ縁付いて来て、あしかけ四年目の十九で、夫婦のあいだには子供はない。亭主は道楽者で、内を外に遊び歩くためでもありましょうが、お千恵さんはいつか自分の屋敷の若侍の安達文次郎という者と密通していて、今度の甲府詰めを機会にかの百両をぬすみ出して、二人は駈け落ちをするという相談を決めたんです。そこへ現われて来たのが品川のむさし屋の勇二という奴で……」
「勇二は塚田の屋敷に何か関係があったんですか」
「勇二は去年の春まで塚田の屋敷に中間奉公をしていたんです。その時から奥様と文次郎の関係を薄々覚っていたのかも知れませんが、当人の白状では、正
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