からくれないの血が流れ出した。

     五

 半七老人はここまで話して来て、例によって「これでお仕舞」というような顔をした。
「その女は何者ですか」と、私は追いすがるように訊《き》いた。
「その女は湯島の化物稲荷《ばけものいなり》……と云っても、この頃の人にはお判りにならないでしょうが、今の天神|町《ちょう》の一丁目、その頃は松平|采女《うねめ》という武家屋敷の向う角で、そこに化物稲荷というのがありました。なぜ化け物と云ったのか知りませんが、江戸時代には化物稲荷という名になっていて、江戸の絵図にも化物稲荷と出ている位ですから、嘘じゃありません。その稲荷さまの近所に屋敷を持っている塚田弥之助という六百石の旗本の奥さまで、お千恵さんという人でした」
「そんな身分の人がどうして鮫洲の金造という奴の家に来ていたんですか」
「それには仔細があります。その塚田弥之助というのは、今年《ことし》二十二の若い人で、正月いっぱいに江戸を引き払って甲府勤番ということになりました。仕様のない道楽者であるために、いわゆる山流しで甲州へ追いやられたんです。就いては自分の屋敷を他人《ひと》に譲り、そのほかの家
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