左の脇腹をかかえながら、庭の空地《あきち》に転げ落ちたかと思うと、また這い起きて駈け出して、竹の朽ちている垣根を押し破って、表へくぐり出ると直ぐにのめって倒れた。その腰から下は溢れるばかりの生血《なまち》にひたされていた。
「や、金造か」と、松吉は叫んだ。「おい、どうした、どうした」
 金造は倒れたままで声も出さなかった。その間《ひま》に半七は垣を破って内へ駈け込むと、破れ畳にもなまなましい血が流れて、うす暗い家のなかに幽霊のような若い女が、さながら喪神《そうしん》したようにべったり[#「べったり」に傍点]と坐っていた。坐るというよりも半分は倒れたようなしどけ[#「しどけ」に傍点]ない姿で、手には匕首《あいくち》を握っていた。しかもそれが相当の武家の奥方とでも云いそうな人柄であるので、半七も少し躊躇した。
「あなたはどなたでございます」
 女は黙っていた。
「あの男はあなたがお手討ちになったのですか」
 女はやはり黙っていたが、やがて気がついたように匕首をとり直して、自分の咽喉《のど》に突き立てようとしたので、半七は飛びあがって其の手を押さえたが、もう間に合わなかった。彼女の蒼白い頸筋 
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