月の初めに下谷《したや》の往来で文次郎に出逢って、そこらの小料理屋へ連れ込まれて、初めて相談を掛けられたのだということです。いずれにしても、胸に一物《いちもつ》ある勇二はすぐにその相談に乗って、ひとまず奥様を鮫洲の金造の家に隠まうことにして、約束の二十五日の午《ひる》過ぎに湯島の天神の近所に忍んでいて、お千恵さんを駕籠に乗せて鮫洲に送り込みました。一緒に出ては忽ちに覚られるというので、文次郎は素知らぬ顔で騒いでいて、翌日の二十六日の夕方から奥様のゆくえを探すという体《てい》にして、かの百両を懐中にして、これも屋敷を飛び出してしまいました。行くさきは品川ですが、文次郎は勇二の家を知らないので、宿《しゅく》の入口の駕籠屋で訊いて、桂庵のむさし屋へたずねて行くと、勇二は待っていて表へ連れ出しました。
文次郎はまだ夜食を食わないというので、勇二はそこらの料理屋へ案内して、二人は飲んで食って、文次郎をいい加減に酔わせて置いて、さあこれから鮫洲の金造の家へ行こうと云って出たんですが、もう其の頃は五ツ(午後八時)過ぎで夜は真っ暗、文次郎はここらの案内を知らないので、黙って勇二のあとに付いて行くと、
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