ので、明治になって稼業をやめると、とかく御無沙汰勝ちになりまして……。それでも正月の初大師だけは、まあ欠かさず御参詣をして、大師さまに平生《へいぜい》の御無沙汰のお詫びをしているんですよ。くどくも云う通り、こんにちは便利でありがたい。きょうも午頃から出て行って、ゆっくり御参詣をして、あかりの付く頃には帰って来られるんですからね。むかしは薄っ暗い時分から家を出て、高輪《たかなわ》の海辺の茶店でひと休み、その頃にちょうど夜が明けるという始末だから大変です。それだから正月の初大師などと来たら、寒いこと、寒いこと……。それもまあ、信心の力で我慢したんですが、大勢のなかには横着な奴があって、草鞋《わらじ》をはいて江戸を出ながら、品川で昼遊びをしている。昔はそういう連中のために、大師河原のお札《ふだ》が品川にあったり、堀ノ内のお洗米《せんまい》が新宿に取り寄せてあったりして、それをいただいて済ました顔で帰る……。はははは、いや、わたくしなぞはそんな悪いことをしないから、大師さまの罰《ばち》もあたらないで、まあこうして無事に生きているんですよ。その大師詣りに就いてこんな話があります。又いつもの手柄話
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