。しかし由緒ある絵馬が紛失したとあっては、その詮議がやかましいから、偽物をこしらえて掏り換えて置いたのです。高いところに懸けてある絵馬だから、下からうっかり[#「うっかり」に傍点]見上げただけでは誰も偽物とは気が付かない。このくらいの苦労をしなければ、良い物や珍らしい物は容易に手に入らない世の中ですよ」
かれは得意の鼻をうごめかしていた。それを聞かされた人も相当の蒐集狂で、神社の絵馬を無断で引っぱずして来るくらいのことは随分やりかねない男であったので、普通の人ほどには驚きもしなかったが、それでも偽物をこしらえて掏り換えて来るほどの知恵はなかったらしく、今さらのように多左衛門の熱心を感嘆して帰った。
二
いつの世にも秘密は漏れ易い。お前さんだけにと云った丸多の話は、それからそれへと同好者のあいだに広がって、正雪の絵馬は盗み物であるという噂が立った。
それを早くも聞き込んだのは、四谷|坂町《さかまち》に住むお城坊主牧野逸斎の次男万次郎であった。万次郎も「絵馬の会」に加入している一人で、丸多の主人とはかねて懇意の仲であったが、十日《とおか》ほど前の夜に尋《たず》ねて来て奥
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