ので、今夜は早寝かなどと云っていると、表の格子をあける音がきこえて、子分の亀吉が茶の間へ顔を出した。
「今晩は……」
「ひどく鳴ったな……」
「時候はずれでちっと嚇《おど》かされました」
「表からはいって来て、誰か連れでもあるのか」と、半七は訊《き》いた。
「実はよんどころない人に頼まれて案内して来たんですが、親分、逢ってくれますかえ」
「ここまで連れ込んでしまった以上は、逢うも逢わねえも云っちゃあいられねえ。まあ、通してみろ」
亀吉に案内されて遠慮勝ちにはいって来たのは、四谷の大木戸ぎわの油屋で、これも旧家として知られている丸多という店の番頭である。番頭といっても、まだ二十五六の痩せぎすの男で、わたしは幸八と申します、なにぶんお見識り置きくださいと丁寧に名乗った。丸多の名は半七もかねて知っているので、これも丁寧に挨拶した。
「掛け違ってお初にお目にかかりますが、おまえさんが丸多の番頭さんですかえ」
「番頭と申すのは名ばかりで、まだ昨日《きのう》きょうの不束者《ふつつかもの》でございます。この後も何分よろしく願います」と、幸八は繰り返して云った。
その暗い顔色をみて、半七は何を頼み
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