でも知っている筈だ。あんな物をそのままにして置くお上《かみ》の思召《おぼしめ》しは知らねえが、それに眼をかけて、内証で盗み出して、自分の家《うち》に仕舞い込んで置くというのは、上を恐れぬ致し方だと云われても一言もあるめえ。おまえを嚇かすようだが、由井正雪は徳川のお家を亡ぼそうとした謀叛人だ。その謀叛人に心を寄せて、その奉納の絵馬を大事に仕舞って置くなぞとは飛んでもねえ話だ。万一それが露顕したら、公儀に対して不届きな奴だというので、重ければ死罪か遠島、軽くとも追放で家財は没収、何代か続いた丸多の家もお取り潰しになるのは知れたことだ」
それを聞かされて、与兵衛も蒼くなった。まったく万次郎の云う通り、謀叛人の絵馬などを盗み出して、大事に仕舞って置くことが露顕したあかつきには、どんなお咎めを受けるかも知れない。盗むということがすでに悪いのに、それを盗んだ品が更に悪いのであるから、どうでも無事に済む筈がないと、彼はふるえ上がるほどに驚いたのである。それについて、万次郎は又云った。
「悪いことは知れ易いもので、この絵馬の一件がもう人の口の端《は》にのぼっている。このまま打っちゃって置いたら、どん
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