考えている矢さきに、富士裏の怪談のうわさが立ったのが勿怪《もっけ》の幸い、師匠の左内に取っては飛んだ災難でした」
「そうすると、喜平次と伊太郎はその怪談を利用したわけなんですね」
「うまく師匠をばら[#「ばら」に傍点]してしまえば、道場を乗っ取った上に、伊太郎からも相当の礼金が貰えるというわけで、喜平次はすっかり悪人になってしまったんです。そこで、二人は打ち合わせをして置いて、師匠の前で富士裏の怪談をはじめると、左内は例の気質ですから其の正体を見とどけに行くという。二人はそれに付いて出る。すべてが思う壺にはまって、左内は闇討ち……。手をおろしたのは喜平次でした。ほかの弟子たちの手前はいい加減に誤魔化して、検視も済み、葬式も済み、あしたは初七日の墓参り、今夜は逮夜というところまで漕ぎ着けると、その逮夜の晩に怪しい声が又きこえたんです。
なぜ辰公がそんないたずらをしたかと云うと、辰公は左内の殺された晩も、例のズウフラを持って富士裏のあたりを徘徊していて、喜平次らの闇討ちを木の蔭か何かで窺っていたんです。暗い中だから誰だか判りそうも無いもんですが、やっぱり悪いことは出来ないもので、左内を仕
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