なったんです。
 嫁の方はそれで片付いたにしても、済まないのはお常と伊太郎との関係で、こんな事がいつまで隠しおおせるものじゃあありません。弟子のうちで真っ先にそれを覚ったのが池田喜平次で、ひそかに伊太郎を嚇し付けて小遣い銭をいたぶっていたんです。この喜平次は貧乏旗本の次男で、二十四五になるまで実家の厄介になっていたんですが、武芸はなかなかよく出来るので、行く行くは自分も道場でも開く積りで勉強していた……。ここまでは好かったんですが、ふい[#「ふい」に傍点]と魔がさした。と云うのは、辰公のズウフラ一件です。
 岩下左内も悪い弟子を二人持ったのでした。一方の伊太郎は、万一自分たちの不義が露顕したら、日ごろの師匠の気質として捨て置く筈がない。即座《そくざ》に成敗《せいばい》されるに決まっている。いっそ師匠を亡きものにして、お常と末長く添い通そうと考えた。また一方の喜平次は、武芸にかけては此の道場でおれに及ぶ者はない。いっそ師匠を亡き者にして、自分がこの道場を乗っ取ろうと考えた。つまり一方は色、一方は慾、どちらも目ざす相手は師匠の左内で、なんとかして師匠をほろぼす工夫はないかと、お互いに悪事を
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