かの都合で質に入れたというわけです。質物《しちもつ》は預かり物ですから、庫《くら》にしまって大切にして置くべきですが、物が珍らしいので薄馬鹿の辰公がそっと持ち出した。いや、辰公ばかりでなく、それをおだてた奴がほかにあるんです。それは吉祥寺裏の植木屋の若い者の長助という奴で、こいつ白らばっくれていながら、実は辰公をおだてて悪いたずらをさせていたんですよ」
「じゃあ、その辰公はおもしろ半分にやっていたんですね」
「まあ、そうです。辰公も長助も別に深い料簡もなく、ただ面白半分に往来の人を嚇かしていただけの事だったのですが、そのいたずらから枝が咲いて、師匠殺しという大事件が出来《しゅったい》したんです。さっきからお話し申した通り、岩下左内は武骨一辺の人物、女房のお常は年が十二三も違う上に江戸向きに出来ている女、そこでお常はいつか弟子の伊太郎と関係するようになってしまった。それでも世間の手前、伊太郎は伊丹屋の娘を嫁に貰ったんですが、一方にお常という女があるのですから、どうで丸く治まる筈がありません。嫁の里方《さとかた》でも伊太郎が師匠の御新造と怪しいということを薄々感付いたので、とうとう別れ話に
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