》んで、そばにある立ち木に寄りかかったまま暫くは夢のようだったが、やがて漸く正気になって、どうにか無事に親方の家《うち》まで帰って来たのだそうです。道場の先生の殺されたのは別として、これなんぞはどうも狐の悪戯《いたずら》らしく思われますね。長助の傷は石か何かで打たれたらしいということです」
 剣術の師匠は殺され、植木屋の職人はなぐられ、とかくに気味の悪いことが続くので困ると、嘉兵衛は顔をしかめて話した。

     三

 植木屋を出ると、空はいよいよ陰って来た。
「親分、これからどっちへ廻ります」と、亀吉は空を仰ぎながら訊《き》いた。
「おめえは吉祥寺裏の植木屋へ行って、長助という若い奴に逢って、ゆうべ確かにその声を聞いたかどうだか突き留めて来てくれ。如才《じょさい》もあるめえが、本当になぐられたのか、出たらめの事を云うのか、よく念を押して訊きただしてくれ」と、半七は云った。
「あい、ようがす」
「おれは白山前から指ヶ谷町へまわって来る」
「どこで逢いますね」
「白山町に笹屋という小料理屋がある。そこで待ち合わせることにしよう」
 吉祥寺門前で亀吉に別れて、半七は土物店《つちぶつだな
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