いと思うのですが、運が無いのか、まだ聞いたことがありませんよ」
「聞いたところで、運がいいと云うわけでもあるめえ」と、半七は笑った。「そこで、その声はまだ聞えるのかえ」
「道場の先生が殺された晩から、ぱったり聞えなくなりましたが、ゆうべは又きこえたという噂です。いや、噂どころじゃあない、現に怪我をしたという者があるのです」
「怪我をした者……。そりゃあ誰だね」と、亀吉は顔を突き出した。
「わたくしと同商売で、吉祥寺裏に六蔵というのがあります。そこの若い者の長助という奴が、ゆうべ血だらけになって帰って来たので、大かた喧嘩でもしたのだろうと思って、だんだんに訊きただしてみると、やっぱり何かにやられたので……。なんでも暗い道を通って来ると、うしろから哀れな声で呼ぶ奴がある。こいつ、例の一件だなと思ったので、こっちも若い勢いで誰だ誰だと云いながら、声のする方へむやみに向って行くと、いきなり真向《まっこう》をなぐられたので、額《ひたい》ぎわの左から顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》へかけて随分ひどく打ち割られて、顔じゅうが血だらけになってしまったのです。長助も一旦眼が眩《くら
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