》から鰻縄手にさしかかった。岩下の道場の前を通りながら、門内をそっと覗いてみると、町道場といっても表には遠い家作りで、ここらに多く見る杉の生垣《いけがき》のうちに小さい畑などもあるらしかった。師匠が死んで稽古は無いはずであるのに、家内は何かごたごたしていた。半七は指を折って、あしたは初七日《しょなのか》、今夜はその逮夜《たいや》であることを知った。
それから五、六間ゆき過ぎると、若い町人ふうの男が半七に摺れちがって通った。振り返って見送ると、男は道場の門をあけてはいった。半七の眼に映った若い男は、年のころ二十三四で、色の小白い、忌味《いやみ》のない男振りであった。それが岡崎屋の伊太郎ではないかと思ったが、呼びかえして詮議する場合でないと思い直し、半七はそのまま白山前町へ足を向けた。
岡崎屋は相当の店がまえで、店には三人の若い者と二人の小僧が何か忙がしそうに働いていた。八丁味噌の古い看板なども見えた。帳場には四十四五の女房が坐っていた。それが伊太郎の母のお国であろうと、半七は想像した。さらに引っ返して指ヶ谷町へゆくと、そこには伊丹屋という酒屋の暖簾《のれん》が眼についた。ここが伊太郎
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