く、その蝋燭があんまり重いので、夫婦が不思議がって眺めているうちに、どっちの粗相だか土間に落として、そこにある石にかちりとあたると、蝋は砕けて芯が出た。それが金色に光ったので、夫婦は又おどろきました。それが即ち金の蝋燭の由来……」
「その旅の男というのは何者ですか」
「まあ、お待ちなさい。まだお話がある。その蝋燭を見て、夫婦は考えたんです。中間ふうの旅の男がこんな物を持っている筈がない。殊に病い挙げ句のからだで、今ごろから怱々《そうそう》に出て行ったのは、なにかうしろ暗い身の上であるに相違ない。亭主の宗兵衛は急に思案して、こんな物を貰って何かの係り合いになっては大変だから追っかけて行って返して来ると、その蝋燭を風呂敷につつんで、男のあとを追って出たが、それっきり暫く帰って来ない。そのうちに日が暮れて暗くなる。どうしたのかと女房が案じていると、亭主は風呂敷包みを重そうに抱えて帰って来た……。と云ったら大抵お察しも付くでしょうが、一本の蝋燭が六本になっていたんです。本当に返す積りであったのか、それとも他に思惑《おもわく》があったのか、その辺はよく判りませんが、なにしろ追っかけて行ってみると、男は峠の中途に倒れて苦しんでいる。病気が再発したらしいので、木の蔭へ引っ張り込んで介抱しているうちに、宗兵衛は腰にさげている手拭をとって男を不意に絞め殺した上に、残りの蝋燭をみんな引っさらって来たというわけです。これには女房も驚いたが今さら仕方がない。夫婦はその晩のうちに旅支度をして、六本の蝋燭をかかえて夜逃げをしてしまったんです。
 それからひと先ず京都へ行って、どういうふうに誤魔化したか、ともかくも一本の蝋燭の芯を売って通用の金に換え、それを元手にして二年ほど何か商売をやっていたんですが、その商売が思うように行かなかったのか、何かのことで足が付きそうになったのか、京都を立ちのいて江戸へ出て来て、浅草の田町で金貸しを始めることになったんです。吉原に近いところですから、小金を借りに来る者もあって、商売は相当に繁昌したんですが、相手が相手だから貸し倒れも多い。おまけに宗兵衛は江戸の水に浸みて、奥山の茶屋女に熱くなるという始末だから、夫婦喧嘩の絶え間が無いばかりか、宗兵衛のふところも次第にさびしくなる。そこで錺屋の増蔵をうまく手なずけて、例の蝋燭をなんとか処分しようとしているうちに、女房
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