奴の冗談だそうですよ」
「冗談だ……」
「ええ。三人のなかでは建具職の藤次郎という奴が一番あとから出て来たんです。そいつが冗談半分に庄五郎の声色《こわいろ》を使って、鋳掛屋の門をたたくと、女房は寝入っていて小僧が返事をした。女房だったならば、何か戯《からか》うつもりだったかも知れねえが、小僧じゃ仕方がねえので、藤次郎もそのまま行ってしまったんだそうですよ。それは当人の白状だから間違いはありますめえ。こんなつまらねえ冗談をする奴があるので、ときどきに探索もこじれるんですね」
「むむ。そこで、熊。面倒でもその高輪の一件をもう一度、初めからすっかり委《くわ》しく話してくれ」と、半七は云った。
「まだ腑に落ちねえことがありますかえ」
気乗りのしないような顔をして、熊蔵がぽつりぽつり話し出すのを、半七は薄く眼をとじて黙って聴いてしまった。
「いや、御苦労。おれはこれから少し用があるから、きょうはもう帰ってくれ。ひょっとすると、あしたはお前の家へ尋ねて行くかも知れねえから、家をあけねえで待っていてくれ」
「あい。ようがす」
熊蔵を帰したあとで、半七は長火鉢の前に唯ひとり坐っていた。最初に鋳掛屋
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