が押し寄せて来て、主人をはじめ一家内をみなごろしにするから然《そ》う思えと、さんざん嚇かして行ったんですとさ。それだから丸井の家《うち》では店じゅうのものに口止めをして、誰にも話さないことにしていたんですよ」
「それをおまえが又どうして知った」
「そりゃあ神田の半七の血を分けた妹ですもの」
「ふざけるな。まじめに云え。御用のことだ」
丸井の秘密をお粂が知っているにはこういうわけがあった。丸井の店の初蔵という若い者がお粂のところへ時々に遊びにくるので、お粂は飛鳥山の花見に加入のことを頼むと、初蔵は一旦承知して帰ったが、きょうの午過ぎになって急に断わりに来た。かれは師匠に怨まれるのを恐れて、ゆうべの出来事をいっさい打ちあけた。何分にもこの矢先きでは店を出にくいから、かならず悪く思ってくれるなと、彼はしきりに云い訳をして帰った。単に違約の云い訳のためならば、まさかそんな大袈裟《おおげさ》な嘘はつくまい。これはきっとほんとうのことに相違ないとお粂は云った。半七もそう思った。
しかしこのことが自分の口から洩れたと知れては、自分も迷惑、初蔵も迷惑するであろうから、兄さんに如才《じょさい》もある
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