来たのであった。その血祭りという異人の首は、鮮血に染《し》みたままで油紙のうえに据えられているのであった。度胸のいいのを自慢にしていた長左衛門も、だんだんに顔の色をかえて、何者にか押し付けられるように、その頭をおのずと下げた。もうこうなっては七分の弱味である。そのあいだ二、三度の押し問答はあったものの、所詮《しょせん》かれは攘夷家の請求する三百両の半額を謹んで差し出すのほかはなかった。侍共は渋々納得して帰った。帰るときに、形代であるから此の首を置いてゆくと云ったが、番頭は平《ひら》にあやまって頼んで、この恐ろしい質物《しちもつ》を持って帰ることにして貰った。
この報告をうけ取って、半七は溜息をついた。
「ふうむ。そりゃあ初耳だ。おれはちっとも知らなかった。だが、丸井ではなぜそれを黙っているのかな。そういうことがあったら、この時節柄、きっと届け出ろということになっているんだが……。わからねえ奴らだな」
「それがね、兄さん」と、お粂は更に説明を加えた。「その浪人たちが引き揚げるときに、おれ達の企ては中途で洩れては一大事だから、今夜のことは決して他言するな。万一これを洩らしたら同志の者ども
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