いよいよ持ち出すことになったが、自分ひとりでは工合がわるい。さりとてロイドを連れてゆくことが出来ないので、かれは江戸へ行って友達の寅吉をよんで来た。寅吉は深川に住んで、おもて向きは鋳掛《いか》け錠前《じょうまえ》直しと市中を呼びあるいているが、博奕《ばくち》も打つ、空巣《あきす》狙いもやる。こういう仕事には適当の道連れと見たので、勝蔵はひそかにその相談を持ちかけると、それは面白かろうと寅吉もすぐに同意した。かれらは覆面の偽浪士となって、去年の夏頃から横浜市中で二十余軒をあらしあるいた。その金高は千五百両を越えているのを、ロイドと三人で分配していた。トムソンの商館では勿論そんな秘密は知らなかったが、勝蔵の品行がよくないのと、彼がロイドの遊び仲間であることをさとったので、二月の末にとうとう彼を放逐することになった。
 トムソンを放逐されたことはさのみ驚きはしなかったが、自分たちの仕事が度重なって、奉行所の詮議がだんだん厳重になって来たのを勝蔵は恐れた。商館を放逐されたのも或いは奉行所から何かの注意があったのではないかと危ぶまれた。かれは寅吉と相談して、四月のはじめにひと先ず横浜を立ち退くこ
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