内者の三五郎は云った。「岩亀は遊ばなくってもいいんです。ただ見物だけでもさせるんですから、ともかくも見物のつもりであがってみて、それからの都合にしたらどうです」
「それもよかろう。ここへ来たら土地っ子のお指図次第だ」と、半七は笑った。
 大門《おおもん》のなかには柳と桜が栽《う》えてあって、その青い影は家々のあかるい灯のまえに緩《ゆる》くなびいていた。その白い花は家々の騒がしい絃歌に追い立てられるようにあわただしく散っていた。三人は青い影を縫い、白い花を浴びてゆくと、まだ宵ではあるが遊蕩《あそび》の客と見物人とが入りみだれて、押し合うような混雑であった。
「よし原の花どきより賑やかだな」
 そういう半七の袂をひいて、三五郎は俄かにささやいた。
「あ、あれ、あすこにいる奴がロイドです」
 教えられてよく見ると、大きな柳の下にひとりの異人が立っていた。痩形《やせがた》の彼は派手な縞柄の洋服をきて、帽子を深くかぶって、手には細いステッキを持っていた。さし当りどうするというわけにも行かなかったが、ここで幸いにロイドを見つけた以上、半七はその監視を怠ることは出来なかった。かれは三五郎と松吉に眼で
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