しらせて、少しく混雑の群れから離れた。三人は桜のかげにたたずんで、若い異人の挙動をうかがっていた。
「そこが岩亀ですよ」と、三五郎はまた教えた。
ロイドは岩亀の店さきから二、三間|距《はな》れたところに立ち暮らして、誰かを待ち合わせているらしかった。果たして岩亀の店口から二人づれの男が出てきた。そのあとから引手茶屋の女が付いて来た。それをみると、ロイドは柳の蔭からつかつかと出て行って、立ち塞がるように二人のまえにその痩せた姿をあらわすと、彼等はそこに立ちどまって何か小声で話し合っているらしかったが、やがて二人は茶屋の女に別れて、ロイドと一緒にあるき出した。
「あの一人が勝蔵ですよ」
三五郎に教えられて、半七はうなずいた。かれは三五郎と松吉にささやいて、異人と二人の男とのあとを追ってゆくと、廓内《かくない》はいろいろ人の出盛る時刻となって、ややもすると其の混雑のなかで相手を見うしないそうになったが、丈《たけ》のたかい異人を道連れにしているので、勝蔵らはその尾行者の眼から逃がれることが出来なかった。大門を出ると、路はだんだんに暗くなった。駕籠屋や煮売り酒屋の灯の影がまばらにつづいて、埋立て地を出はずれる頃からは更に暗い田圃路《たんぼみち》になった。そこらでは早い蛙が一面に鳴いていた。
先に立ってゆく三人はしきりに小声で話していたが、やがてその声が高くなって、ロイドは片言《かたこと》で云った。
「日本の人、嘘云うあります、わたくし堪忍しません」
「なにが嘘だ。さっきからあれほど云って聞かせるのが判らねえのか」
「判りません、判りません。あなたの云うことみな嘘です」と、ロイドは激昂したように云った。
「あの品、わたくし大切です。すぐ返してください」
「返せと云っても、ここに持っていねえのは判り切っているじゃあねえか」
こういう押し問答が繰り返された後に、勝蔵はロイドを突きのけて行こうとするのを、かれは追いかけて引き戻した。ひとりの異人と二人の日本人とは狭い田圃路で格闘をはじめた。それをみて、半七は子分らに声をかけた。
「異人は打っちゃって置いて、勝蔵ともう一人の奴を取っ捉まえろ」
三五郎と松吉はすぐに駈け出して行って、有無《うむ》を云わせずに二人の日本人を取り押えた。ロイドはおどろいて一目散《いちもくさん》に逃げ去った。
これで問題は解決した。
異人の生首を
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