までは知っている者がねえので困りました」と、三五郎は小鬢をかいた。
「ロイドと一緒に岩亀に入りびたっていたようじゃあ、勝蔵にも馴染《なじみ》の女があるだろうな」と、半七は云った。
「あります、あります。小秀という女で、勝蔵の野郎も大分《だいぶ》のぼせていたらしいんです。じゃあ、これから岩亀へ出張って行って、その女を調べてみましょうか。ひょっとすると、あいつの行く先を知っているかも知れません」
「いや、待て。むやみに騒いじゃあいけねえ」と、半七はさえぎった。「そういうわけなら女を調べるまでもねえ。ひょっとすると、当人がまた舞い戻っているかも知れねえ。迂闊《うかつ》に手をつけて感付かれちゃあ玉なしだ。まっ昼間おれ達がどやどや押し掛けて行くのはまずい。まあ、日の暮れるまで気長に待っていて、客の振りをして岩亀へ行って見ようじゃあねえか」
「それがようがすな。ここまで漕ぎ付けりゃあ、そんなに急ぐことはねえ」と、松吉も云った。
「きょうはゆっくり浜見物でもして、日が暮れてから仕事にかかるんですね」
 そこらをひとわたり見物して、三人は夕方に帰って来た。
「どうします。真っ直ぐにあがりますか」と、案内者の三五郎は云った。「岩亀は遊ばなくってもいいんです。ただ見物だけでもさせるんですから、ともかくも見物のつもりであがってみて、それからの都合にしたらどうです」
「それもよかろう。ここへ来たら土地っ子のお指図次第だ」と、半七は笑った。
 大門《おおもん》のなかには柳と桜が栽《う》えてあって、その青い影は家々のあかるい灯のまえに緩《ゆる》くなびいていた。その白い花は家々の騒がしい絃歌に追い立てられるようにあわただしく散っていた。三人は青い影を縫い、白い花を浴びてゆくと、まだ宵ではあるが遊蕩《あそび》の客と見物人とが入りみだれて、押し合うような混雑であった。
「よし原の花どきより賑やかだな」
 そういう半七の袂をひいて、三五郎は俄かにささやいた。
「あ、あれ、あすこにいる奴がロイドです」
 教えられてよく見ると、大きな柳の下にひとりの異人が立っていた。痩形《やせがた》の彼は派手な縞柄の洋服をきて、帽子を深くかぶって、手には細いステッキを持っていた。さし当りどうするというわけにも行かなかったが、ここで幸いにロイドを見つけた以上、半七はその監視を怠ることは出来なかった。かれは三五郎と松吉に眼で
前へ 次へ
全18ページ中13ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング