困るじゃあねえか」
「それを云ったのでございますよ」と、惣八は訴えるように云った。「ところが、宗匠はどうしても肯《き》いてくれないで、なんでも贋物を売ったに相違ない。ふだんが不断だから、おまえの云うことは的《あて》にならないと……」
「不断よっぽどまやかし物を持ち込んでいるとみえるね」
「御冗談を……」と、惣八はあわてて打ち消した。「まったくあの宗匠は一国《いっこく》で、一旦こうと云い出したが最後、なんと云っても承知しないんですから」
「それからどうした」
「どうにもこうにもしようがありません。といって、あの宗匠の家の出入りを止められると、これからの商売にもちっと差しさわることもありますので、よんどころなしに御無理ごもっともと一旦は引きさがって来て、とりあえず売り主の元吉にその話をしますと、元吉も素直には承知しません。つまりお前さんが仰しゃったと同じような理窟を云っているので、わたくしも両方の仲に立って困ってしまいまして、実は今朝ほどもそのことで宗匠の家へ出かけて行くとあの一件で……。かさねがさね驚いているのでございます」
「一体その売り主の元吉というのは何者だえ」
「本所の金魚屋の甥
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