てよい。自分は心中の片相手として殺されてもいいと云った。
「それほど死にたくば殺してやる」
 おかんは赫《かっ》となって男の喉をしめた。在所《ざいしょ》生まれで、ふだんから小力《こぢから》のある彼女が、半狂乱の力任せに絞めつけたので、孱弱《かよわ》い男はそのままに息がとまってしまった。男がどうしても肯かなければ、かれを殺して自分も身をなげて死ぬと、おかんはかねて覚悟していたのであるが、その場になると彼女は俄かに気おくれがした。わが眼のまえに倒れている男の死骸をながめながら、彼女はぼんやり考えていると、雷の音は又ひとしきり凄まじくなって、今夜もここから遠くないところに落ちたらしく、大地もゆれるように震動した。その一刹那にかれは何事をか思いついて、死んでいる男の顔や手先を爪で引っかいた。

「おかんは死罪になりました」と、半七老人はわたしに話した。「今日《こんにち》でしたら情状酌量にもなったのでしょうが、その時代ではどうもそう行きませんでした。それも自訴でもしたら格別、男の顔を引っかいて雷獣の仕業らしく見せるなんていう狂言をこしらえて、自分は素知らぬ顔をしていたんですから、罪はいよいよ重く
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