路用としてそれからそれへと渡ってゆくのが習いであった。千倉屋伝兵衛もその事情を知っているので、ともかくも自分の家に当分逗留して、相当の路用を作り溜めた上で出発することにしたらよかろうと途中でも切《しき》りにすすめたので、澹山もその親切をよろこんで、云わるるままに千倉屋の厄介になることにした。千倉屋は旅絵師が想像していたよりも更に大きい店構えで、十人あまりの奉公人が忙がしそうに働いていた。伝兵衛の女房は七、八年前に世を去ったということで、家族は主人のほかに惣領息子の伝四郎と妹娘のおげん二人ぎりであった。伝四郎は今年|二十歳《はたち》の独身者《ひとりもの》で、これも父に似て骨格のたくましい寡言《むくち》の男であった。おげんは二つちがいの今年十八で、色のすぐれて白い、ここらでは先ず眼につくような美しい眼鼻立ちを具《そな》えながら、どことなく薄のろいようにも見えるおとなしい娘であることを、毎日一緒に連れ立って来た澹山は知っていた。
妹の命を救ってくれたということを聞いて、兄の伝四郎も若い旅絵師をよろこんで迎えた。彼は父と同じように、いつまでもここに逗留していてくれと無愛想な口で澹山にすすめた
前へ
次へ
全38ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング