あしよわ》と供の者とを連れて奥州から四国路までも旅行をするというのは、よっぽど裕福の身分でなければならないことは判り切っていた。伝兵衛はもう六十と云っていたが、身の丈《たけ》も高く、頬の肉も豊かで、見るから健《すこや》かな、いかにも温和らしい福相をそなえた老人であった。
 旅絵師も自分のゆく先を話した。かの芭蕉の「奥の細道」をたどって高館《たかだち》の旧跡や松島塩釜の名所を見物しながら奥州諸国を遍歴したい宿願で、三日前のゆうぐれに江戸を発足《ほっそく》して、路草を食いながらここまで来たのであると云った。
「それはよい道連れが出来ました」と、伝兵衛は喜ばしそうに云った。「唯今申す通り、わたくし共も長の道中をすませて、これから奥州の故郷へ帰るものでございます。足弱連れで御迷惑かも知れませんが、これも何かの御縁で、途中まで御一緒においでなされませんか」
「いや、御迷惑とはこちらで申すこと、実はわたくしも奥州道中は初旅で、一向に案内が知れないので、心ぼそく思っていたところでございますから、御一緒にお連れくだされば大仕合わせでございます」
 相談はすぐに決まって、山崎|澹山《たんざん》とみずから
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