人と供の男とは手を合わせて彼を拝んだ。船頭は乗合一同にひどくあやまって、ともかく向う岸まで船を送り着けた。
娘はさのみに弱ってもいなかった。そのころは五月であるから凍《こご》えることもなかった。渡し小屋で濡れた単衣《ひとえ》を着かえて、彼女は父と供の男とに介抱されながらしばらく休んでいるうちに、旅絵師は娘の無事を見とどけて、自分も着物を着かえて、そのまま行こうとすると、大切な娘の命を助けられたそのお礼がまだ十分に云い足りないというので、老人はしきりに彼を抑留《ひきと》めた。娘だけを駕籠に乗せて、自分たちは近い宿《しゅく》まで一緒にあるいて行って、老人はある立場《たてば》茶屋の奥座敷へ無理にかの旅絵師を誘い込んで、ここであらためて礼を云った上で酒や肴《さかな》を彼にすすめた。
老人は奥州の或る城下の町に穀屋《こくや》の店を持っている千倉屋伝兵衛という者であった。年来の宿願《しゅくがん》であった金毘羅《こんぴら》まいりを思い立って、娘のおげんと下男の儀平をつれて、奥州から四国の琴平《ことひら》まで遠い旅を続けて、その帰りには江戸見物もして、今や帰国の途中であると話した。この時代に足弱《
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