していて、町人とはいえ相当の家柄の娘であるから、仮親《かりおや》を作って自分の嫁に貰いたいというようなことを人伝《ひとづ》てに申し込んで来たが、娘も親も気がすすまないので先ずその儘になっていた。彼が澹山の絵の催促にかこつけてたびたび此の店へたずねて来るのもそれが為であった。そのうちに誰の口から洩れたのか、娘が旅絵師と特別に親しくしているという噂が千之丞の耳にはいったらしい。現に先頃も絵の催促に来たときに、彼は直接に伝兵衛にむかって、あの旅絵師を娘の婿にするのかと訊いたこともある。彼は暴気《あらき》の若侍であるから、その嫉妬から旅絵師を亡き者にしようとたくらんで、おなじ暴れ者の若侍どもを語らって今夜の狼藉に及んだに相違あるまい。かれは江戸の隠密として澹山を殺しに来たのでなく、恋のかたきとして澹山をほろぼしに来たのであろう。おげんは彼を庇《かば》おうとして、その身代りに立ったのである。この意見には伝四郎も一致して、妹のかたきは千之丞に相違ないと云い切った。
「おやじ様、この仇をどうする」と、寡言《むくち》の伝四郎は憤怒に燃える眼をかがやかして父に迫った。
「かたきはきっと取る。家老でも免《
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