とりと見つめているうちに、彼女のからだは兄の膝からぐったりと滑《すべ》り落ちた。少し風邪をひいたと云って早寝をしていた伝兵衛が、眼をさましてここへ駈け付けた頃には、おげんの息はもう絶えていた。委細の事情を澹山から聞いて、彼は娘の死に顔を悲しげに眺めていたが、やがて何を考えたか、いたずらに恐怖の眼をみはっている奉公人どもの方に振り向いた。
「先生に少しお話がある。伝四郎だけはここに残って、皆はしばらく店の方へ行っていろ」
彼等を追い遠ざけて、伝兵衛は澹山のまえに坐り直した。その顔は弁天堂の前で彼にマリアの絵像を頼んだときと同じように、なんとなく人を威圧するようなおごそかなものであった。
「先生、あなたの御身分は決して他人に洩らすまいと、神にも誓って置きながら、今夜のようなことが出来《しゅったい》いたしましては、定めてわたくしを偽り者ともお憎しみでござりましょうが、これには別に仔細がござります。今夜の闇討ちはおそらく先生の御身分を知ってのことではござりますまい。これは用人の荒木頼母がせがれ千之丞の仕業に相違あるまいと、わたくしは睨んで居ります」
千之丞はかねて千倉屋の娘に懸想《けそう》
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