「承知いたしましょう。わたくしで出来そうなことならば……」と、澹山は快く答えた。
「ありがとうござります」と、伝兵衛も満足したらしくうなずいた、「では、恐れ入りますが、これからわたくしと一緒にそこまでお出でくださりませんか。なに、すぐ近いところでござります」
 これからどこへ連れてゆくのかと思ったが、澹山は素直に起きて着物を着かえて、匕首をそっとふところに忍ばせた。その支度の出来るのを待って、伝兵衛は庭口の木戸から彼を表へ連れ出した。今度は提灯を持たないで、二人は暗い路をたどって行った。伝兵衛は始終無言であった。
 江戸の隠密ということが露顕したのかと、澹山はあるきながら考えた。城内の者が伝兵衛に云いつけて、自分をどこへか誘い出させて闇打ちにする手筈ではあるまいかと想像されたので、暗いなかにも彼は前後に油断なく気を配ってゆくと、伝兵衛はさっき帰って来た田圃道を再び引っ返すらしく、それを行きぬけて更に向うの丘へのぼって行った。丘のうえには昼でも暗い雑木林《ぞうきばやし》が繁っていて、その奥の小さい池のほとりには古い弁天堂のあることを澹山は知っていた。
 堂守《どうもり》は住んでいないの
前へ 次へ
全38ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング