》を先ず探ってみた。そうして自分の耳を蒲団に押し付けて、熟睡したような寝息をつくっていると、足音は障子の外でとまった。もしやおげんが執念ぶかく忍んで来たのかとも疑ったが、その足音はもっと力強いように思われた。
「先生」と、外の人は小声で呼んだ。「もうおやすみでござりますか」
それが伝兵衛であると知って、澹山はすぐに答えた。
「いや、まだ起きて居ります。御主人ですか」
「はい。では、ごめんください」
勝手を知っている伝兵衛は暗いなかへはいって来ると、澹山は起き直って行燈の火をともした。
「夜ふけにお邪魔をいたしまして相済みませんが、荒木様の御子息様からおあつらえの掛物はまだお出来に相成りませんか」と、伝兵衛は坐り直して訊《き》いた。
申し訳のない延引と澹山があやまるように云うのを聴きながら、伝兵衛は少し考えていたらしいが、やがてやはり小声で云い出した。
「就きましては先生、一方の御仕事のまだ出来あがらないうちに、こんなことをお願い申すのは甚だ心苦しいようではござりますが、実は別に大急ぎで願いたいものがござりまして……」
「ははあ。それはどんなお仕事で……」
「御承知くださりますか」
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