であるが、その中には燈明《とうみょう》の灯がともっていた。その灯を目あてに、伝兵衛は池のほとりまで辿って来て、そこにある捨て石に腰をおろした。澹山も切株に腰をかけた。
「御苦労でござりました。夜が更けてさぞお寒うござりましたろう」と、伝兵衛は初めて口を開いた。「そこで、早速でござりますが、わたくしが折り入って描《か》いて頂きたいのはこれでござります」
澹山をそこに待たせて置いて、伝兵衛はうす暗い堂の奥にはいって行ったが、やがて二尺ばかりの太い竹筒をうやうやしく捧げて出て来た。彼は自分の家から用意して来たらしい蝋燭に燈明の火を移して、片手にかざしながらしずかに云った。
「まずこれを御覧くださりませ」
かなりに古くなっている竹は経筒《きょうづつ》ぐらいの太さで、一方の口には唐銅《からかね》の蓋が厳重にはめ込んであった。その蓋を取り除《の》けて、筒の中にあるものを探り出すと、それは紙質も判らないような古い紙に油絵具で描かれた一種の女人像《にょにんぞう》で、異国から渡って来たものであることは誰の眼にも覚《さと》られた。伝兵衛がさしつける蝋燭の淡《あわ》い灯で、澹山はじっとこれを見つめている
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