だからまあその位のことで済んだが、あんな孱細《かぼそ》い娘っ子が荒熊に取っ捉《つか》まって見ねえ。どんな大怪我をするか判ったもんじゃあねえ。備前屋も定めて有難がることだろうよ。あの娘はなんという子だえ」
「お絹さんといって、備前屋のひとり娘でございます」
「備前屋は古い暖簾《のれん》だ。そこのひとり娘が熊に傷《や》られるところを助けて貰ったんだから、向うじゃあどんなに恩に被《き》てもいいわけだ」
 こんなことを云っているうちに、医者が来た。医者は勘蔵の痛みどころを診察して、左の肩の骨を痛めているらしいから、なかなか手軽には癒《なお》るまいと云った。しかし命に別状のないことは医者も受け合ったので、半七はあとの始末を自身番にたのんで帰った。
 あくる朝、半七は再び松吉をつれて高輪へ見舞にゆくと、伊豆屋の家は果たして焼け落ちていた。その立退《たちの》き先をたずねて、それから三田の魚籃《ぎょらん》の知り人の立退き先をも見舞って、帰り路に半七はゆうべの勘蔵のことを云い出した。あれからどうしたかと噂をしながら、ふたりは田町へ行ってみると、車湯も備前屋も本芝寄りであったので、どっちも幸いに焼け残って
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