をついた。
「どなたでございますか。どうも有難うございます」と、松吉の背中から卸《おろ》された男は礼を云った。
挨拶が出来るほどならば大したことはあるまいと安心して、半七は自身番の男どもと一緒に彼を介抱すると、男は熊に殴《はた》かれたために左の腕を傷《いた》めているらしかったが、そのほかにひどい怪我もなかった。自身番から近所の医者を迎えに行っている間に、かれは自分の身許《みもと》を明かした。彼は加賀生まれの勘蔵というもので、三年前から田町《たまち》の車湯という湯屋の三助をしていると云った。
「家は焼けたのかえ」と、半七は訊いた。
「さあ、たしかには判りませんが、なにしろ火の粉が一面にかぶって来たので、あわてて逃げ出してまいりました」
「熊に出っくわした娘は主人の娘かえ」
「いいえ。一軒|隔《お》いて隣りの備前屋という生薬屋《きぐすりや》の娘さんでございます」と、勘蔵は答えた。「わたくしが人込みのなかを逃げて来る途中、丁度あすこで出合ったもんですから、前後の考えもなしに飛び出して、いやどうもあぶない目に逢いましてございます」
「だが、いいことをした」と、半七は褒めるように云った。「お前
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