、ともかくも高輪の大通りまで出て来たが、もうその先は一と足も進むことが出来なくなった。
なにぶんにも風の勢いが強いので、飛び火はそれからそれへと燃え拡がって、うしろが焼けていたかと思ううちに、二、三町先がもういつの間にか燃えているので、前後をつつまれて逃げ場をうしなった類焼者は、風と火に追いやられて海辺の方へよんどころなく逃げあつまると、その頭の上には火の粉が容赦なく降りかかって来るので、ここでも逃げ惑って海のなかへ転げ落ちたものが幾百人と伝えられている。
こうした怖ろしい阿鼻叫喚《あびきょうかん》のまん中へ飛び込んだ二人は、いくら物馴れていてもさすがに面喰らって、あとへも先へも行かれなくなった。うっかりしていれば自分らの眉へも火が付きそうなので、ふたりは火の粉の雨をくぐりながら、互いの名を呼んだ。
「松。気をつけろよ」
「親分。とてもいけませんぜ。伊豆屋まで行き着くのは命懸けだ。第一、これから行ったって間に合いませんぜ」
「そうかも知れねえ」と、半七は云った。「間に合っても合わねえでも、折角来たもんだから、ともかくもそこまで行き着きてえと思っているんだが、どうもむずかしそうだな」
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