も見えないので、六三郎は単に火事場かせぎとして大番屋《おおばんや》へ送られた。血に染《し》みた毛皮は六三郎の家の縁の下から発見された。
「さて、どいつがお絹を殺したか」と、半七もかんがえた。
 ともかくも備前屋へ行って声をかけると、番頭の四郎兵衛は蒼ざめた顔をして出て来た。半七は先ず娘の悔みを云ってから、かれの家出や下手人に就いて何か心当りはないかと訊《き》くと、四郎兵衛は一向に心あたりがないと答えた。しかし彼の何だかおどおどしているような、落ちつかない眼の色が半七の注意をひいた。
「ここの店には内《うち》風呂があるんですか」と、半七はまた訊いた。
「ございます。店の者は車湯へまいりますが、奥では内風呂にはいります」
「この頃に風呂の傷《いた》んだことはありませんかえ」
「よく御存じで……」と、四郎兵衛は相手の顔をみた。「風呂が古いもんですから、ときどきに損じまして困ります。昨年の暮にも一度損じまして、それから四、五日前にもまた損じましたが、出入りの大工がまだ来てくれないので困って居ります」
「風呂が傷んでいる間は、奥の人たちも車湯へ行くんでしょうね」
「はい。よんどころなく町内の銭湯
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