た。なにしろ証拠物の毛皮を取り戻してしまおうとあせって、六三郎はかれの手から一旦それを奪い取ると、百助がまた取り返した。取ったり取られたりして争っているうちに、二人は毛皮をそこへほうり出して死に身のむしり合いになった。
こうして、ふたりが夢中でむしり合っている最中に、うしろの方で突然に女の悲鳴がつづけて聞えたので、彼等もびっくりして見かえると、ひとりの女がそこに倒れていた。喧嘩もしばらく中止になって、ふたりはともかくもその女を引き起そうとすると、彼女はあたかも彼《か》の毛皮の上に倒れていて、おそらく苦痛のためであろう、片手は熊の毛を強くつかんでいた。更によく見ると、その女の胸のあたりには温かい生血《なまち》が流れ出しているらしいので、二人はまた驚かされた。百助は後難を恐れて先ず逃げ出した。六三郎も一緒に逃げかけたが、なにかの証拠になるのを恐れて又あわただしく引っ返して来て、女の手からその毛皮をもぎ取って逃げた。
お絹と六三郎と熊の毛との関係はこれで判ったが、お絹を殺した下手人《げしゅにん》は判らなかった。六三郎はまったく知らないと云い切った。その申し立てに詐《いつわ》りがありそうに
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